9年ぶりに東京で開催された柔道世界選手権2019の金メダル第一候補は原沢久喜(ひさよし)選手。
2020年の東京オリンピックへも引き続き注目を集めること間違いなしですよね。
そんな原沢久喜選手をずっと支え続けた立役者は母親・敏江(としえ)さんでした。
シングルマザーとして3人の子供を育てることは容易ではなかったと思います。
今回は金メダリスト原沢久喜(ひさよし)選手を育てた母・敏江(としえ)さんの性格や職業、息子・久喜さんへのコメントをまとめました。
原沢久喜(ひさよし)の母・敏江(としえ)はシングルマザー
世界を舞台に闘う柔道・原沢久喜(ひさよし)選手の両親は、長男・久喜さんが小学4年生の時に離婚。
母・敏江(としえ)さんはシングルマザーとして
・2人の息子
久喜(ひさよし)さん・侑高(ゆたか)さん
・1人娘
結衣さん
を一人で養ってきました。
長男・久喜さんは幼稚園の頃から、エネルギーに満ち溢れやんちゃな息子だったそうです。
そんな長男を見た母・敏江さんは息子を近所の大西道場スポーツ少年団に通わせることにします。
それが原沢久喜さんが6歳、小学校1年生の頃でした。
息子の興味や才能を感じ取って、適切な機会を与えられる母・敏江さんが素晴らしいですよね!
「性格がやんちゃだったので。きょうだいや友人とトランプしていても、自分が一番になれないとガーッとメチャクチャにしてしまう。これは何か武道をやったほうがいいと思ったんです。負けん気も強かった。柔道ではそれがよく出ました」と敏江さん。(AERA dot)
原沢久喜(ひさよし)の母・敏江(としえ)の職業は何?
母・敏江さんは子供が小さい頃は介護の資格を取って高齢者向けのグループホームなどで働く福祉士をされていたようです。
子供3人を育てながら母・敏江さんは息子の柔道の練習のために早朝に出勤。
稽古の終了に合わせて帰宅して食事用意するという日々は大変だったはずです。
それでも母・敏江さんは大変なそぶりは一切見せませんでした。
以前息子・久喜さんはインタビューに「暮らしは厳しかったと思うけど、大変なそぶりを見せなかった」と母・敏江さんに対して感謝を言葉にしていました。
原沢久喜(ひさよし)の母・敏江(としえ)の性格は?
原沢久喜選手の母・敏江さんはとにかく明朗快活でたくましい性格のだそうです。
息子を信じ、細かいことを気にせずどっしりと構えているタイプの母親でした。
反抗期の長男・久喜さんに腹を立てた敏江さんが勢い余ってタンスを蹴破り、足が抜けなくなったこともあったとか(笑)
とてもパワフルですが、近所付き合いもしっかりとして「私が育てたよりも周りの人が育てくれた」と感謝も忘れない人柄なようですね!
原沢久喜(ひさよし)の母・敏江(としえ)さんは口数少なくも息子を全力で応援
原沢久喜さんと母・敏江さんの関係は、良い距離感でありながら、絶対なる信頼関係があるように感じました。
息子・久喜さんが柔道で結果を出し始めると、母・敏江さんは人一倍冷静に言葉少なに息子を応援。
「上がれば落ちることもある」と、結果に一喜一憂せず、もしも負けた時のフォローを考えることを徹底していたようです。
「おごらず、いつも足元を見るように」
とはは母・敏江さんがいつも息子・久喜選手に送る言葉。
本当に、母・敏江さんは息子・久喜選手の縁の下の力持ち的な感じですよね。
なんというか「肝がどっしり座っていて、いつも冷静に構えていてくれる母ちゃん」といったところでしょうか。
まさに世界一の息子を育てた立役者だと言えるでしょう。
リオ・オリンピック決勝後の原沢親子エピソード
原沢久喜選手が銀メダルを獲得したリオデジャネイロオリンピックの前には、母・敏江さんは「油断大敵」とメールを送ったそう。
そして息子から帰ってきた言葉は「了解」。
試合当日には母・敏江さんと妹・結衣さんがオリンピック会場に駆けつけ、スタンドから見守る中、息子・久喜選手は決勝で判定負けし銀メダルとなります。
そんな決勝直後に息子・久喜選手から妹の結衣さんへ「応援ありがとう、お母さんにも伝えて」と一言。
その後、母・敏江さんは本人に会うことなく帰国されたそうです。
一見、「え、帰っちゃうの?」と思いますが、勝っでも負けても「頑張ったね」という気持ちだったのだと思います。
だからこそ、決勝後にバタバタしてる中で会わなくったっていいでしょ、と、細かいことにこだわらない親子関係だからこその、愛情と淡白さなのかもしれませんね。
「決勝はすごく頑張ってたんで『一生懸命やったね』と言ってみようと思うんですけど。彼も忙しいと思ってメールもしてないんですよ。ハハハ、すみませんこんなんで」(母・敏江さん/引用:AERA dot)
原沢久喜(ひさよし)の母・敏江(としえ)の息子へのコメント紹介
高校卒業のタイミングで柔道を引退することも考えていたという原沢久喜さんは、日本大学からスカウトの声がかかり一つ返事で進学を決めました。
その時母・敏江さんは「五輪ぐらいちゃんと目指すようにやりなさいよ」と送りだしたそうです。
徐々に結果が出始め、ついにオリンピックの決勝の舞台にまで上り詰めた息子・久喜選手に対し、母・敏江さんは
「相手が強くて、もっと早く負けると思っていたから。金メダルに値する闘いをしたのでは」
「五輪まで来るのにいろんな努力をしてきて、最後は惜しかった。ブーイングにちょっとうれしくて、共感した」
とコメント。
それとともに、「まだまだ未熟。常に努力しなければならない。日本の柔道を支えるぐらいの気持ちでやってほしい」と息子に期待を寄せています。
母・敏江さんの期待と応援を背負い、息子・原沢久喜選手が世界一になるは、そう遠くはないでしょう!
まとめ
オリンピックメダリスト・原沢久喜さんを女手一つで育てた母・敏江さんの性格や職業、息子を陰ながらに支える姿勢についてまとめました。
苦労を見せずに人一倍努力をしながら、息子を支えるたくましい母親の姿が垣間見れましたね!
柔道世界選手権2019に続き、東京オリンピックも控えています。
原沢久喜選手は日本柔道界を牽引することができるのか、引き続き動向を追いたいと思います。