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【生涯未婚】津田梅子が6歳で留学した理由は?再渡米先はアメリカのブリンマー大学!

ハナ
ハナ
こんにちは、ハナです♪



先日、2024年から新紙幣にデザインを刷新することが決まりましたね!


1万円札が渋沢栄一さん、5000円札が津田梅子さん、1000円札が北里柴三さんとのことでした。




今回は5000円札に選ばれた津田梅子さんにスポットを当てたいと思います!


津田梅子さんは津田塾大学の創設者であることで知られています。


生涯未婚を通した津田梅子さんが6歳という若さで留学することになった経緯留学先であるアメリカのブリンマー大学について調べました!





津田梅子が6歳で留学した理由は岩倉使節団?


津田梅子とは


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引用:FNN PRIME



津田梅子(つだうめこ)さんは明治時代を中心に活躍した日本の女性教育の先駆者です。


日本女性で初めて、しかも6歳という若さでアメリカに留学しました。


「アメリカ人女性のように立派な女性になる」という使命を幼いながら感じながら、アメリカの画家であったランマン夫妻のもとで10年以上を過ごしています。


さらに、立派なアメリカ人女性は聖書から道徳を学んでいることを発見し、自らキリストの洗礼を受けたいと申し出ました


18歳で帰国しましたが、日本語が全く話せなくなっていたことや、日本の昔ながらの男性中心社会で女性の活躍の場が全くないことに落胆し、友人の勧めで再度アメリカ留学をしています。

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引用:wikipediaより



そこでは化学を専攻しましたが、「日本の女性」について研究していた友人のアリス・ベーコンがきっかけで女性教育にさらに興味を持ったようです。


3年後の1892年に帰国し、35歳となった1900年に現在の津田塾大学の前身となる「女子英学塾」を設立し、身分に差のない女性教育に邁進します。


しかし、女子英学塾の創業時期に体調を崩したいた津田梅子さんは1919年に塾長を引退し、10年の闘病生活を経て1929年に64歳で亡くなりました。

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引用:公式HPより


津田梅子が6歳で留学した理由は岩倉使節団?



津田梅子の留学のきっかけを作ったのは父親の津田仙でした。


北海道の開拓使の嘱託だった父親の津田仙は欧米文化に非常に興味を持っていた人物で、北海道へ移住する前は江戸へ出てオランダ語を学び、横浜で英語も学ぶ程の熱心な人物でした。


当時、明治維新政府は欧米の先進文化を学ぶ「岩倉使節団」を派遣していたのですが、その中で「開拓には有能な人材が必要であり、有能な人材を育てるには有能な母親が必要。そのためには女子教育の振興が必要である」という考えのもと、女子留学生募集をしました。


その噂を父親の仙が聞きつけ、「娘にチャンスを与えたい!」との思いで女子留学の企画に応募したそうです。


その応募により、6〜14歳の5人の少女たちが選ばれ、そのうちの一人が津田梅子でした。

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左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通





津田梅子の再渡米先はアメリカのブリンマー大学!



男性中心の日本社会に落胆した津田梅子さんが再留学先に選んだのがアメリカの「ブリンマー大学」でした。


ブリンマー大学は国際評価が高い女子大学で、アメリカ東海岸のニューヨークとワシントンDCの間にあるフィラデルフィアの郊外にあります。





アメリカの女子大の中で初めて博士課程を授けた大学で、当時から女性教育の振興にとても力を入れていたようです!

ハナ
ハナ
女性教育のパイオニアといえる大学ですから、津田梅子さんが通ったのも頷けますね!



津田梅子さんは日本に帰国後、寄付金や制度を使って日本から25名の女性をアメリカに留学させていますが、その留学先もこのブリンマー大学でした。


また、ブリンマー大学の卒業生が日本で英語を教える教育者になったこともあるようです。


現在は津田梅子の創業した津田塾大学がこのブリンマー大学と姉妹校の提携をしています。




津田梅子が生涯未婚だった理由は?



津田梅子は生涯未婚を通しましたが、その理由はなんだったのでしょうか?


11年の留学生活を終え帰国した津田梅子さんは、「嫁いで妻になり母になることが当たり前でそれが女性の幸せである」という日本の結婚観に嫌気がさしていたそうです。


何度かあった縁談も断り、「二度と結婚の話はしないでください。話を聞くだけでもうんざりです」と手紙にする程うんざりしてしまい、生涯未婚を誓ったとされています。

ハナ
ハナ
特に女性自身が「文化、教育、経験がなくては、理想的な妻や母にはなり得ない」という考えを持っていた津田梅子さんでしたので、自分が嫁いで良い妻や母になるよりも、”良い妻や母になる人材を育てる”ことに尽力を注ぎたかったのでしょうね!



まとめ



今回新5000円札の顔となる津田梅子さんについてまとめました。



 ・6歳という若さで有能な人材を育てる有能な女性になるべく
   岩倉使節団に帯同し渡米


 ・帰国後35歳で女子英学塾(現在の津田塾大学)を設立


 ・寄付や制度を使い25人の日本人女性を留学させる


 ・日本の結婚観に嫌気がさし、生涯未婚を貫いた



ハナ
ハナ
女性も男性と平等に!!というただ単なフェミニズムとは違い、女性は自分自身を精神的にも能力的にも高め、男性とともに支えあいながら良い社会を作ることを信念としていた津田梅子さんの考えは、今この時代にこそ大切な考え方だと言えますよね!



津田梅子さんは時代をだいぶ先取りされていた素晴らしい人物だったと言えます。


だからこそ今回新紙幣の顔に選ばれるにふさわしい人物ですよね!


今回の新紙幣の顔になったことをきっかけに、もっと多くの人に津田梅子さんの功績を知ってもらえることに期待しましょう!


最後までお読みいただきありがとうございました!


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